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人事評価と人材育成

 人材育成は重要な経営課題であり、賃金制度や評価制度とも関係しています。今回は、日本の人材育成の現状を確認し、評価と人材育成について考えてみます。

 パーソル総合研究所「グローバル就業実態・成長意識調査(2022)」(調査対象は、APAC加盟13ヵ国にアメリカと欧州4ヵ国を加えた18ヵ国の労働者)によると、日本では「現在の勤務先で継続して働きたい」と回答した人の割合は18ヵ国中、最下位の56.0%(全体平均71.2%)でしたが、「他の会社で働きたい」と回答した人の割合も25.9%と2番目に低く、独立・起業への意欲でも最下位(25.0%)となりました。どうやら日本の労働者は「現在の勤務先で働き続けることに対して消極的であるにもかかわらず、転職や独立・起業への意欲も低い」のが特徴だと言えそうです。

 また、自己成長・自己研鑽に関しても、日本だけが圧倒的に低いスコアを記録しています。「社外学習・自己啓発を行っていない人の割合」(52.6%)は、何と全体平均(18.0%)に対してトリプルスコアに近く、「自己投資をしていないか、今後も予定がない」と答えた人(42.0%)も、2位のオーストラリア(28.6%)を大きく引き離して、断トツの1位なのです。

 一方、会社は人材育成に熱心に取り組んでいるといえるのでしょうか。OJT以外の人材投資を国別に対GDP比(2010-2014年平均)で比較した厚生労働省作成資料によると、アメリカ2.08%、フランス1.78%、ドイツ1.2%、イタリア1.09%、イギリス1.06%に対し、日本は僅かに0.1%に過ぎません。日本の人材投資は他国に比べて極端に低く、この傾向は20年以上続いています。

 先進国の中でも日本の労働生産性が低迷している大きな原因はここにありそうです。「人的資本経営」が声高に叫ばれていますが、企業としては、まず社員が学べる環境を整え、計画性をもって人材育成に臨むことが大切です。いわゆるリスキリングにとどまらず、幅広い学びの場を設けること、自己啓発の気風を醸成することも必要となるでしょう。

 社員の学びを促し主体性や自律性を養うためには、個々の社員が自分自身の現状と将来のなりたい人物像を確認し、そのギャップを埋めるためのアクションプランへと展開できるような仕組みの構築が必要です。その重要性は、中小企業であっても変わることはありません。

 そして、社員が現在どのような仕事力を備えているかを詳らかにするのが定期的な人事評価です。評価制度の実効性を高めて生産性向上を図るには、評価者たる管理監督者の育成も急務であるといえましょう。

 夏季賞与の支給時期を目前に控えたこの時期だからこそ、人材育成の観点から自社の人事評価制度の課題を洗い出し、評価結果と研修のリンクや個々の学びへの支援、計画的なキャリア開発などへ展開していくことをご検討いただきたいと思うのです。

賃上げ予測値の捉え方

 2023年の春季労使交渉では、連合による第4回回答集計(4月11日集計)で、賃上げ率は3.69%(11,022円)と、前年同時期の2.11%よりも大幅に高くなりました。従業員規模別にみても300人以上3.72%(11,274円)、300人未満3.39%(8,456円)と、大手企業が先行した賃上げの流れが、中小組合にも広がっています。

 この背景には、コロナ後の業績回復を見越して賃上げ余力が高まったこと、人材確保への賃金面での対応が急務であったこと、そして個人消費が低迷し良いインフレへの期待も低下していたために賃上げによる需要喚起の必要性が広まったこと、などが挙げられます。労務行政研究所による賃上げ予測(2.75%)を1%近く上回り、実に30年ぶりの高水準となる見込みです。2.75%という水準も1997年以来26年ぶりの高水準でしたが、これを一気に超える動きとなったのです。

 しかし、この予測値は、「最終的にこのあたりに落ち着くであろう」という目安であり、「これさえクリアしたら大丈夫」という基準ではありません。ここまでの賃上げ動向をみても、賃上げ率5%を大きく超える企業もあれば、1%前後の水準の企業、中には昇給をしなかった会社もあるはずです。これら全てを含めた平均値としての目安が予測値なのです。

 したがって、個々の会社にとってこの予測値が、競争力ある賃金水準を維持するのに十分なものであるかどうかは別問題です。その会社にとっての適正な賃上げ率は企業ごとに大きく異なりますし、賃金水準が低い会社は高い賃上げ率を実現しなければ、人材流出につながるかもしれません。

 そもそも平均賃金の低い会社は、同じ金額を引上げても賃上げ率は高めに出るものです。(例えば、平均5,000円の賃上げをする場合、平均賃金31万円の会社なら賃上げ率1.61%、平均賃金26万円の会社なら1.92%という具合です。)つまり、「賃金水準があまり高くない」と自認している会社は、世間並み以上の賃上げ率を継続してこそ、賃金水準は相対的に上昇し、競争力を備えることができるのです。

 この30年で、企業規模間の賃金格差は年を追うごとに開いてきました。賃金ベースの高い大手企業が常に賃上げ率が高く、賃金ベースの低い中小企業ほど賃上げ率が低いということが続いてきたからです。

 人材獲得競争が激化する時代には、賃金水準を段階的に引き上げていく準備が必要です。そうしなければ、明るい未来は描けません。いま、中長期的な事業計画と一体的に捉えた人事戦略や賃金戦略が求められています。

 賃金水準が相対的に低い中小企業であるからこそ、世間並み以上の賃上げ率を目指し、戦略的に対処していくことが重要なのです。

転居を伴う人事異動を円滑に行うために

 最近、お客様からのご相談案件の中に、「社員からの異動したくないという意向が年毎に顕著になってきている」「首都圏の営業所に配転した営業社員が向こうで家を建て、本社に帰って来たくないといっている」など、転居を伴う異動(以下、転勤)に関する悩みが増えています。

 地方に本社があり、首都圏、近畿圏等に営業所がある会社の場合、こうした大都市圏の給与水準は必然的に高い水準であることから、当該地域への転勤者には地域手当(都市手当)を付けたり、住宅手当を厚くしたりして、本人に経済的な負担がかからないように配慮します。また、転勤のある総合職や営業職には、転勤することのない地域限定社員よりも高めの基本給テーブルを用意して、異動へのインセンティブとすることもあります。ただ、このような賃金施策上の手当を支給していても、転勤を拒む声が上がってくるのが昨今の実情です。

 では、転勤や転居を伴う異動を嫌がる社員に対しては、どう対処したらよいでしょう。

 まず、異動の目的や意義や必要性をしっかり伝えることが大切です。社員に異動を行なう理由や背景、個々の社員に期待することを明確に伝え、異動への理解や納得を得られるようにします。このとき、異動によって社員が得られる職務経験やキャリアアップへの可能性なども具体的に伝えることで、異動へのモチベーションは高まることが期待されます。

 次に、転勤先の職場環境や生活面で不安のないよう会社がサポートすることを伝え、十分な準備を整えます。社員が不安に感じることとして、仕事面では新しい職場での業務内容や対人関係、生活面では住居や通勤、家族の生活などが挙げられます。転勤する社員に余計なストレスをかけないよう、会社としての支援体制を整えることは重要なことです。経済的な負担をかけないのは勿論ですが、家族帯同の場合は学校や医療機関などの情報提供、引越しや転校手続きに対する支援なども本人負担の軽減につながります。不安を取り除くという点では、職場環境に関することが最も重要です。業務内容や職場の雰囲気に関しては、異動後のOJT(実務指導)や教育・研修制度を通じてのフォローアップ、異動先の上司や同僚とのコミュニケーション機会を設けること等も有効です。

 さらに、異動後の評価や報酬の考え方について正しく伝えることも重要なポイントです。社員が異動後に不満に感じることの1つに、評価基準の変更、賃金処遇の減少などがあります。異動前と異動後で評価基準や手当支給額などの報酬内容が変わる場合は、社員が納得できるように事前にしっかり説明しなければなりません。特に転勤者の評価については、新しい職務を覚えなければならないことや業務目標がリセットされることを不利に感じたり、評価者である上司との関係構築に不安を感じたりすることもあるでしょう。かつて「配転後は、仕事を覚えるのが仕事だから最初は評語B以下とする」と決めている会社がありましたが、これでは優秀者をキャリア開発の目的で異動させることは出来ません。転勤・配転後の評価面における配慮や調整も、時に必要となります。

 以上のように、転勤や転居を伴う異動を嫌がる社員に対しては、処遇面でのインセンティブだけでなく、十分なコミュニケーションやサポート体制への配慮も重要な要素なのです。

人事採用の基本スタンスと高騰する新卒初任給への対処法

 本日、3月1日より、2024年卒採用が本格的にスタートしました。

 既に先行して動いている企業もあるようですが、政府・経団連の定める就活解禁日が3月1日であり、ナビサイトでの情報公開もそれ合わせて開始されますので、今日が初日と考えて良いでしょう。

 今年の春季労使交渉では、一部の大手企業による、連合要求の5%を上回るような大幅な賃上げが注目を集めていますが、新規学卒者(大卒)の初任給についても大幅な引き上げを図る会社も新聞紙面を賑わせています。

・三井住友銀行 :205,000円 から 255,000円へ(5万円アップ)
・ファーストリテイリング :255,000円 から 300,000円へ(4万5千円アップ)
・NTTグループ :219,000円 から 250,000円へ(3万1千円アップ)

 専門スキルを備えた人材獲得に意欲的な会社のほか、ひっ迫する採用市場において初任給を一気に引き上げることで、応募者を確保しようという動きが広がっているのでしょう。

 ただし、このような動きは今のところ大手企業の一部に留まっていますし、中小企業にまで直ちに広がることはないでしょう。なぜなら、採用初任給を引き上げる局面では、その年の新入社員のみならず、先に入社している先輩社員との給料のバランス調整を図る必要があり、30~32歳程度までの年次間の賃金バランスを崩さないためには、かなりまとまった調整原資が必要となるからです。

 多くの中小企業にとって、初任給の「値上げ競争」の中で戦っても勝ち目はありません。では、どうすれば良いでしょうか? 

 採用過程をお見合いに例える人がいますが、正社員という長期雇用の枠組みの中で採用する以上、まずは自社をよく知ってもらうことです。自社のHPやナビサイトにおいて、経営理念やパーパスを明示し、自社の存在意義や企業活動の目的を分かりやすく伝えることも重要です。就活生にも、社会貢献が実感できる仕事に就きたいという人は数多くいます。そして、SDGsへの取り組みや社会貢献などに関心を寄せ、ダイバーシティへの姿勢、女性活躍推進への取り組みなどにも注目しています。

 近年の新入社員意識調査を見ると、スキルや知識を身に着けたいという意識はあるものの、「定年まで現在の会社で勤めたい」人は全体の1割強、「どちらかといえば定年まで勤めたい」と合わせても3割に過ぎません。VUCA時代の新入社員は、「自身の成長のためにどんな職務経験ができるか」、「キャリアアップが期待できる会社なのか」、「身に着けた知識やスキルが自身の資産となりうるか」などについて、思いのほか冷静に受け止めているようにも見えます。

 こうした世代に対して、どんなメッセージが有効なのでしょうか?

 私たちは、日中の活動時間の大半を仕事に従事して過ごしています。毎日、頭も身体も活発に働かせることのできるメインの時間帯に仕事をしているのですから、その仕事自体にやりがいがあり、仕事時間が充実していることが、働く者の幸せに直結していることはいうまでもありません。

 社員がいつも活き活きと働いていて、社会への貢献が世間の目にも明らかであり、さらに社員が「働きたい」、「学びたい」、「経験したい」と願った時にそれに応えてくれる仕組みや制度のある会社は、これからも採用に強い会社であり続けるでしょう。賃金水準が特別に高くはなくても(もちろん“世間並み”の水準は必要ですが)、いい会社には自ずと人材が集まってきます。

 自社の強みを今一度確認して、分かりやすい言葉でこれを伝えていただくことで、優秀な人材の獲得へと繋げていただきたいものです。

中小企業とベアを含めたこれからの賃金戦略

 今春の労使交渉をめぐって、連合は11月初旬の段階で、早々に定昇分2%に賃上げ分3%程度を上乗せした5%程度の賃上げを統一要求とすることを掲げました。これまでにない水準の統一要求ではあるのですが、経団連側も物価上昇を受け、「企業の社会的な責務として賃金引き上げのモメンタム(勢い)の維持・強化に向けた積極的な対応を」と加盟企業に呼び掛けるなど、これまで前向きな姿勢を示しています。

 実質賃金の低下が指摘されていますが、年初に発表された11月の実質賃金は3.8%減と、2014年5月以来のマイナスを記録しました。名目賃金は0.5%増となったものの、消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)が4.5%上昇したことを受けての大幅な下落です。

 政府からの「物価上昇を上回る賃上げ要請」を受けるかのように、大手企業の一部からは大幅な「賃上げ宣言」が出されています。日本生命・オリエンタルランドが7%、サントリーが6%、ユニクロでは新任店長では賃金が4割上がるケースもあるとの報道もありました。

 エコノミストの予測(平均)では、今春の主要企業の賃上げ率は2.85%と予測されていますが、日銀短観に示されている企業の景況感や、国際経済の減速と先々の下振れ懸念もあり、5%の賃上げを行なえる企業はごく一部の大企業に限られることになるでしょう。

 このように大手企業、主要企業の賃上げ動向についての報道が先行するなかで、中小企業について城南信用金庫が行ったアンケート調査によると、賃上げしないと回答した企業が72.8%に上ったとのこと。原材料の高騰を受け、コストの価格転嫁ができていないという会社が多く、実際に賃上げをすると回答した26.8%の企業の6割が、賃上げ率2%台までのようです。

 このような報道を目の当たりにするにつけ気がかりなのは、今後も中小企業と大手企業の賃金格差が今後も急速に開いていくであろうということ。労働人口が減少し人材確保が難しくなる時代に、賃金格差がこれ以上広がれば、中小企業の人材確保はさらに難しくなるのは必至です。

 経団連の春季労使交渉の妥結結果で比較すると、大手企業の賃金ベースは330,000円前後、中小企業の賃金ベースは260,000円前後です。(なお、連合300人未満企業の賃金ベースは247,000円、厚労省主要企業は314,000円ほどです。)

 いま、平均賃金(厳密には組合員レベル=非管理監督者の平均)が250,000円の会社があり、これを主要企業並みに314,000円まで引き上げたいと考えたとしましょう。これを実現するには、毎年3%のベースアップを7年にわたって継続して実施しなければ、314,000円には到達しません。(ちなみに、毎年1%のベアだと23年もかかります。)なお、この3%はあくまでもベア分であって、定期昇給分(=賃金カーブ維持分)は別に行わなければなりません。

 このことが示しているのは、「賃上げ率は、中小企業だから低くてもしょうがない」という理屈は通らないということ。賃金ベースの高い大手企業の賃上げ率がいつも高く、賃金ベースの低い中小企業の賃上げ率がいつも低いということは、その間に賃金格差がどんどん広がっているということです。

 中小企業といえども、賃上げ率は大企業並み以上を目指していただきたいと思うのです。賃金ベースが低い以上、大企業と同じ賃上げ率であっても少しずつ水準格差は開きます。そして水準是正を短期間で行なうのは非常に難しいことでもあります。

 そう考えると、1年、1年の賃上げ(昇給+ベア)を疎かにしてはいけないことが良くお分かりいただけるのではないでしょうか。2023年の給与改定は、物価上昇と人材確保を念頭に、また必要であれば中期的な視点に立って(5年後、10年後を見据えて)臨んでいただくのも良いと思います。